全員に好かれるとか無理だから、いい子はもうやめた

 

突然だが、わたしには嫌いな人が2人だけいる。

一人は、中学時代のクラスメイト。もう一人は正社員時代の店長だ。

 

25年生きてきた人生の中で、生理的にも精神的にも嫌悪を感じて、もう二度と会いたくないと思ったのはこの2人。多いか少ないかは分らない。

 

今回はそんな「好かれる・嫌われる」の話をしたい。

 

嫌われたくないのはみんな同じ

 

自分から嫌われたくて嫌な奴を演じることはかなりレアなケースだろう。多くの人は、周りの人間に嫌われたくないし、好かれたいし、よく思われたい。

 

敵は作りたくない。穏便に暮らしたい。

そんな欲求も当たり前で、できれば誰からも嫌われずに生きていきたい。

 

わたし自身ももちろん同じ考えだった。

 

初めて嫌われる経験をしたのは小学6年生のとき

 

それは突然の出来事で、未だに理由は分らない。

当時のわたしは4人グループで仲良くしていたのだが、ある日突然その中の2人から無視されるようになった。

本当に突然だった。昨日まで仲良く遊んでいたのに、話しかけても無視をされて、授業で班を作るときにも仲間に入れてもらえなかった。

 

当時から負けん気が強かったわたしは、人前では涙を必死にこらえ、休み時間の度にトイレに行って泣いていた。

 

しかし、この「無視」は1日で終了した。その日の帰りに、無視をしていた二人から「ごめんね」という手紙をもらい、翌日からは今まで通り仲良く遊ぶようになった。

 

でも、仲が良いと思っていたのは向こうだけだろう。わたしはこの一件以降、二人のことを信用できなくなったし、今まで通り仲良くも出来なくなった。

実際、中学に上がってクラスが異なると同時に、この二人とは全く話さなくなった。

 

その代わり、一人だけ無視せずにいてくれた子とは今でも親友と呼べるほど仲が良い。

 

人に嫌われて初めて理解したこと

 

人に嫌われるってつらい…

なんて、簡単な話じゃない。

 

この一件から分ったのは、理由もわからないまま嫌われることがあるということ。

そして、「嫌われること」よりも「理由がわからない」ことのほうがショックだということ。

 

もちろん、できることなら嫌われたくない。誰だってそうだ。

でも、誰一人として全く同じ価値観を持って生きている人はいないのだから、嫌われずに生きていくなんて不可能である。

 

それに比べて「理由がわからない」ことはかなりの衝撃だった。理由がわかれば対処のしようがあるし、自分に非があるなら直そうと努力することができる。

 

でも、理由を知りたくても自分を嫌っている人にその理由を聞くことなんてできない。

何が原因で無視されたのだろうか、なにか自分が変なことをしたんじゃないか、知らない間に誰かを傷つけていたんじゃないか。

 

そんなことを考えている内に、わたしは自分をさらけ出すことが出来なくなっていった。

 

嫌われたくなくて「真面目」を貫いた学生時代

 

中学入学から大学卒業まで、わたしは「ちょっと毒舌な真面目」キャラを貫いた。

常に友人の反応にアンテナを張って「自分から話さない」ようにしていた。自分から話して、反応が返ってこないことが怖かったからだ。

 

学生時代はとにかく勉強に力を入れた。高校生の時には模試で偏差値71をたたき出したくらい。

勉強が出来れば、周りの友達もすごい!って言ってくれるし、勉強キャラならおとなしくてもおかしくないし、たまに毒を吐いていればおもしろいと思ってもらえたし、とにかく誰にも嫌われたくなかった。

 

もちろん、数人の友達には心開いていたので、悩み相談などはその子たちとしていた。でも、今だから言えるが、100%心を開いたことなんて一度もなかった。

 

嫌われてもいいと思うようになったのは社会人になってから

 

社会人になり最初に配属された店舗の店長は、スタッフ全員から嫌われていた。

「自分のことしか考えてない。楽ばかりしている」そんな理由だった。

 

自分が嫌われていることを知りながらも、絶対に弱音を吐かずに毎日平然としている店長を見て、わたしは思った「嫌われるってつらくないんだ…」

 

補足しておくと、わたしもその店長のことは好きではなかったけど、嫌うほどでもなかった(ちなみに冒頭で書いた嫌いな店長とは違う人)

 

嫌われることに慣れたくはないけど、嫌われても別にいいんだと初めてそこで思った。

そこからはもう関西人キャラ全開で「男勝りだよね」と言われるほど、言いたいことはちょっときつめのことでもあけすけ言いまくるようになった。

 

全員から好かれるなんて無理

 

嫌われてもいいから言いたいことは全部言おう、と考えているのではない。

思ったことをそのまま伝えた結果、嫌われるなら仕方ない。そう思っている。

 

「嫌われたくない」と思って行動すると、いつしか自分自身で行動を制限している可能性が高い。これはダメ、あれもダメ、と考えているとストレスも溜まる。

 

わたしも、このブログ記事を書くにあたってできれば誰にも嫌な思いをさせたくない。しかし、それは不可能だということも分かっている。

みんな考え方が違う。共感もあれば批判も反論もある。

 

結局、批判も反論も避けようがないのだから、それなら開き直って全部言っちゃうのが一番。

人に良い顔だけ見せてそれで満足できるなら、その生き方を選択すればいい。でも、いつかしんどくなるときがくる。

 

全員に好かれようなんて無理だから、わたしは言いたいこと言って生きていく。そう決めた。

人の顔色伺って生きていくのは疲れる。だからもう、いい子でいることはやめた。

 

2 Comments

たろ(真面目)

自分を強く持とうと思うけど、いつもキャラに負けてしまう自分が嫌で嫌で、、結局この繰り返しです。
どうしても嫌われる勇気が持てなくて八方美人しがちだけど、この記事を読んで「ありのままの自分」でいることの尊さを改めて思い起こされました。ありがとうございます!!

hanakosan

たろさん

わたしだって八方美人ですけどね。現実世界では。
ありのままの自分を嫌うなら、その人とはそれまでの関係。
割り切れるように頑張ろう。わたしも頑張る。
あ、ちなみにわたしはたろさんがサイコパスでも仲良くするからよろしく。

はなこ(真面目)

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